「"持続可能な社会"ってどんな社会?」を考える、ちょー珍走編

…終わった_| ̄|○
EBRTEE第二回「"持続可能な社会"ってどんな社会?」に参加したい! と思い、考えはじめたのはよかった?のだけれど、夫に話した所大議論になってしまい、昨日寝る直前まで議論してました。疲れた…。
こっから下はめっちゃ暴言吐いています。無駄にアツくてウザイです。ご注意ください。書いた本人も訳わかってません。




しかし「持続可能」って、使いようによっちゃ危険な言葉だなーと感じました。持続可能って何ぞや?と思い、検索してみたり辞書繰ってみたりしたのですが、とある広告で「持続可能」を売りにしたものを見ちゃいました。
環境問題において、「持続可能」と言う言葉は、現在が持続可能では無いと言う認識のもとに使われているのだと思います。どうやって持続可能な方に向かうかを語ったり研究したりする際に使われる事が多い様に感じます。
しかし、その広告の使われ方はちょい違ってました。(つうか、違う様に感じました)
「こんな技術が使われているから《エコロジカル》《持続可能》なんですよー☆もう安心☆(勿論こんなあからさまじゃ無かったです;)」
…みたいな。気のせいだと言われたらそれまでですが。
環境問題に対し、正確な認識がある人は少数だと思います。大多数の人は、そんなイメージ戦略使われちゃうと「環境問題は解決に向かってる?」と思われそうです。
(ちなみに、これと同様の事を「エコロジー家電の広告」にも感じます。決してエコロジー家電や技術を否定するものではありません。本当です〜><;)
別にメーカーに対し、売る努力をするなと言っている訳ではありません。ただ環境保護の分野で使われる事の多いこの単語(しかも意味がよくわからない←わたしだけか;)をこんな風に使うのはアンフェアじゃないんですか?って事です。
…話めっちゃそれました。「持続可能」って言葉は、使いようによっちゃ思考を打ち切らせる言葉になりそうで恐いなーと思ったのでした。
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# by sae_1975 | 2005-04-18 02:34 | 日々 雑事

「"持続可能な社会"ってどんな社会?」を考える

EBRTEE第二回「"持続可能な社会"ってどんな社会?」に参加してみます。
EBRTEEの内容、他の方のご意見はリンク先参照願います)
普段ぼんやりと考えていた事を、「文章」として考える機会をいただきました。ESDさんシュトウさんさんにとても感謝しています。

まず、「持続可能な社会」とは、「現在の文明、文化、生活水準をなるべく維持したまま人類が生存し続ける社会(あくまで民主主義で)」と捉えます。
そうすると、シュトウさんの意見とほぼ同じです。赤字(って言っていいのか)をむやみやたらと補填しようとした所で、いろいろな歪みが出てきます。エネルギー資源で言うと、原子力発電は「とりあえず補填」だったのでしょう。(原子力発電は、見切り発車だったと思っています)無い袖は振れません。現段階では枯渇しかけている資源の使用を控え、新たな技術の開発を待たなければ、本当に枯渇します。
しかし、今の価値観でそれができるのでしょうか? 今の社会は、「まず消費ありき」で動いている様に感じます。資源の使用を控える事は「生産を控える→消費を控える」でもあります。消費を控える事は、あらゆる所で消費を煽られる今の社会では、多くの人にとってストレスとなるでしょう。
それに、「大量消費、大量生産の現場」の人たちの雇用が無くなる事も問題です。経済格差は不満を生み出し、「持続可能な社会」そのものを否定されかねません。
ですから、大多数の人が「持続可能な社会」の立場に即した価値観に変換を図る必要があると思います。教育やメディアも変わらなければならないのでしょう。
「持続可能な社会」には、「大多数が環境について共通の認識を持ち、その認識に基づいてデザインされた社会」も含まれると思います。

…えーと、乱暴で穴だらけの話だと思います。ツッコミお願いしますm(__;)m
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# by sae_1975 | 2005-04-18 00:33 | 環境問題(β版)

出来た…

メニュー欄にリンク集が出来ました。エキサイトヘルプには載ってなかったので(多分。見落としていたりして;)、いろいろうろうろしてしまいましたが。
かなり、強力におすすめなサイトばっかりです。これからも増えるかと思います。

後は、AMAZONへのリンクの張り方を知りたいです。画像ごと引っ張って来れると良いのだけれど。
それが出来ると、引用などかなり楽になりそうです。
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# by sae_1975 | 2005-04-16 00:13 | 日々 雑事

○| ̄|_日誌

花見の跡、ごみの山 伊勢宮川堤公園、2日で3・7トン

…◯| ̄|_
イヤ、毎年あるニュ−スの一つですが。毎年「うげぇ;;」って思っていましたが、こんなにがっくりきたのは始めてです。
正直、去年までは「まあ、無礼講だしストレスたまっているだろうし」などと思っていたのですが、今年はちょっと違います。
この人たち、いつもこんなに散らかしまくっているんだろうか?
思うに、いつもは「普通の」人たちが大多数だと思います。(いつもこんなだったら、社会人としてもヤバいような…;)「花見はこういう事をしても許される」という「風潮」が根付いているのだろうな、と思います。そしてそれが伝播していって、続いていって…。
超!極論ですが、ゴミを放置して帰ろうとする団体の側に、こんな「サクラ(花見と掛けた訳じゃないですよ;)」を置いてみるのはどうでしょう。
(ここからサクラの人たち。周りに聞こえる様に)
「えーあの人たちゴミ置いて帰ってるー」
「マジ?超うざ!」
「ていうか超ありえなくない?」
(サクラ、笑いながら退場)
…何の三文芝居ですか。本当スミマセンm(__;)m
何にしても、ゴミを放置するのは恥ずかしい事、間違った事だと言う認識が広まって大多数になると、ゴミ放置派が肩身狭くなって減りそうな気がします。
(…本当は、「ゴミ」がこんなにでるのってどうよ?と思っていますが)

<どうでもいい話>
今度、こういう記事(というにはおこがましすぎるレベルですが)を書いてみようと思ってます。
「《欲しい》を科学する」と「農業の位置と就職」です。
特に「農業の〜」の方は気になる記事があったので、投稿できたら初トラックバックしてみようかな〜と。が、がんばろう!(首締めてるかな〜;;)
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# by sae_1975 | 2005-04-15 23:10 | eco日誌

水筒二本目!!

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新しい水筒を購入しました。手前のステンレスカラーのマグタイプです。350ml。
奥の水色×黄色の水筒500ml(4年くらい使用)を使わないのではなく、ちょっとお出かけする時などはマグの方を使おうと思っています。500mlは、専業主婦のわたしの外出にはちょっと大きく感じていたので。(お勤め中の時は良かったんですけど…)長時間外出の際には、もちろん500mlさんにも働いてもらいます。病気の時にも。
わたしは、水筒のカバーを作るのが好きです。500ml水筒にも5つ作っています。着せ替え状態です(^^;)バッグや服に合わせて選ぶのが楽しいです。作るのも楽しいです。(着せ替えって…エコじゃないですよね、ごめんなさい。でも、可愛い物でないと持ちたくないんです。わがままだな〜)
もちろんこの350mlマグにも作ろうと思っています。かぎ針に挑戦してみようかな、洋裁のあまり布を裂いて。
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# by sae_1975 | 2005-04-14 12:17 | eco日誌

知る事を恐れない事

いろいろな事を学ぶ様になって、行動する事が少し怖くなってきました。でも動かないわけにはいきません。ジレンマです。

今まで知っていた「経済の仕組み」が、実は市場経済に偏っていると言う事。
ただ分別して捨てればいいと思っていた「資源ゴミ」の行方。
安い安いと喜んで買っていた「モノ」が、「経済格差」「環境ホルモン」「資源」etc
いろいろな問題を含んでいること。

正直、「うわー見なきゃよかった」と思った事もあります。しかしこの問題に真剣に取り組んでおられる方がいらっしゃる事も知りました。
むかつくけど、「環境問題」をお題目にして利益を貪ってる方々もいます。地獄に落ちろ★
しかし、自分の生活の範囲内において、わたしたちは選ぶ事が出来るのです。より「安全」で「安心」な物を。
選ぶために知識を持ち、値段の大小以外の選択基準を持つ事が出来ます。知識は知恵によって、武器や防具になります。
知る事を恐がるのではなく、知った事をどう生かすか。知る事は決して恐い事では無いはずです。
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# by sae_1975 | 2005-04-14 10:05 | お勉強@野望編

大雑把手打ちうどん、だご汁転職編

今日は、夫のリクエストですき焼きうどんを作ります。うどんを打つのは簡単です。
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配合
強力粉 全体の3分の2
薄力粉 全体の3分の1(粉の配合は適当です。強力粉だけや薄力粉だけの時も有り)
塩   1つまみ
以上の材料をボールなどに入れ、水を少しずつ足しながらこねます。まとまってきたらさらに5分弱こねると、つやつやのうどん生地になります。(まとまっただけでもいい、超適当)
ボールに蓋をかぶせ、10分ほどうどん生地を寝かせます。(寝かせなくてもいい。やっぱり適当)
まな板などに打ち粉(少量の小麦粉、生地がくっつくのを防ぐため)をし、うどん生地を伸ばしやすい大きさに分けてのばし、包丁で切る。(厚さ太さは適当に)切り分けた麺には打ち粉をしてほぐしておく。
鍋に湯を沸かし、塩少々を入れてうどんをゆでる。堅さは味見して決めてください。

…とまあ、こんなに簡単にできます。職人さんじゃないんですから、見た目にはこだわりません。家庭料理ですから。普通にうどん麺買ってくるよりおいしいですよ〜

しかし、こんな余裕ぶっこいてるわたしに天罰が下りました。

…打ち粉用の小麦粉が無い◯| ̄|_

打ち粉が無いと、まな板にくっついてしまい、麺に加工する事が出来ません。
仕方が無いので生地を小分けにし、粘土遊びよろしく手でひも状にしました。
沸騰した湯の中に投入します。
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…。
心の中で「うどんうどんうどんうどん」と唱えます。
浮いてきて少し経ったところでお湯をきり、別に作ったすきやきだし(もどき。昨日の煮物の残り汁)の中に放り込みます。少し煮込んで完成です。
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「…虫?」とほざくのたまう夫をなだめ、「すき焼きだご汁」と言い聞かせて食卓につきました。(ここからだご汁に転職)

味は良かったらしいです◯| ̄|_
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# by sae_1975 | 2005-04-14 01:07 | 日々 雑事

わたしがエコを勧めたい理由

なんたって自分のためです。だってエコバッグも水筒も、広がったら変な目で見られなくていいし(^^;)。
(でもやってますけど。自分のココロに正直に居たいから)
包装方法を考えてくれるお店が増えたら、買い物が楽になります。
そして、「もったいない」っていう文化が好きだからです。現在の大量消費推進社会には、無理やいびつな物を感じます。「もったいない」といい、作り変えたり再利用したり(RecycleとReuse)していた文化が、かつての日本にあったのです。とても美しい文化だと思います。
(わたしの妄想ですが、「もったいない」は現在の文明を進化させるキーワードではないのかなーと思っています)

ただ、人に勧めるのって難しいですよね〜。もっと国や教育の場で啓発してくれたらいいのに、と思います。そうしたら話をきりだしやすいし…(弱腰)
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# by sae_1975 | 2005-04-13 22:41 | eco日誌

私見、オトナの脳ミソ

ここ十年ほど、わたしの読む本と言えば「読みやすいもの」ばかりでした。やっていた仕事も、マニュアル頼り(違う部分もあるけど)のすぐ結果のでる仕事で、あまり考える事無く過ごしてきました。
しかし、いざ野望(プロフィール参照)に挑もうとすると、「理解できない!!」の連続なのです(号泣)。わたしのツルツル脳(シワの無いうつくしいのーみそ)が読む事を拒否して、ページやモニタの上を滑ってゆきます…目は文字を追っていても、内容が脳に染み込んでこない。
それでもツルツル脳はツルツル脳なりに、疑問や気分の悪さがたまっていきます。それを「ストレスがたまっているから」などと、違うようにに転化する事が出来ません。(ストレス発散でお買い物や飲み会など…それでも疑問や気分悪さは消えません。ちょっと前のわたしがそうでした。今思うとバカバカしい)
そこで今は、子供用に書かれた本などを併用して学習しています。「わたしたちのちきゅう」「にほんのけいざい」とか。もういかにも幼稚園!小学生!と言った感じで情けない。
しかし、こういった本に書かれている事、知っているつもりでもきちんと知らない事が易しく書いてあって、かなりためになります。例えば「ゴミ」として出された空き缶がリサイクルされる行程。大人向けの物は図表などで、1ページ内に簡潔に示されていますが、子供向けの物は見開きで1工程とってあります。子供向けの本は、自販機でジュースを買うところから始まって、地域での分別作業や前洗浄、運送にもページを割いています。それだけの手がかかっている、エネルギーを使う物だと言う事をきちんと示している様に感じます。

別に、子供向けバンザイ☆と言う訳ではありません。大人向けの本も同じ事を書いてあります。しかし大人向けの本は、想像力を働かせつつ本の内容を補完しなければなりません。
ツルツル脳のわたしは、この「想像力」と言うモノが不足しているのでしょう。「思いやり」にも通じる補完能力、きちんと先を読む事が出来る「オトナの脳ミソ」。
もちろん知識の量も問題なのでしょう。少しでも「オトナ脳」に近づくべく、日々子供向けの本に挑むわたしです。ここから「オトナ脳」目指します。
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# by sae_1975 | 2005-04-12 18:08 | お勉強@野望編

物を大切にする事

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このつげ櫛は、12年ほど前に京都で購入した物です。
つげ櫛はよくあるプラスチック製の物と違い、髪に優しく感じます。そしてくせ毛のわたしにとって、この目の粗い「パーマ櫛」はちょうどいいのです。
五年前、また京都に旅行に行きました。そしてこの櫛を売っていた店に行き、「まだこの櫛使ってます。古くなったから買い替えようかと思います」と見せました。
そうしたらそこのおばちゃん、
「まだまだ7年しか経ってへん。わたしのこの櫛は40年使ってます」と言って、わたしの櫛より目の細かい、深い飴色の櫛を見せてくれました。
美しい鈍色に輝く櫛を、無造作にポケットから出して見せる、当たり前の事の様に振る舞うおばちゃん。(そのおばちゃんにとっては、当たり前の事なんだろうな)
そのおばちゃんの格好よさに(そして自分のバカさ加減に)、わたしはすっかりしびれてしまいました。
物を大切にする人、そして使い続けられてきた物。どちらも新鮮でした。そしてとても格好よく映りました。
結局、わたしは櫛を買う事なく店を去りました。

そして、未だにこの櫛を使い続けています。
まだまだ12年。これからもずっと、年をかさねてゆきます。あたりまえのように、一緒に。
(物を大切にする事は当たり前の事だと言う事、最近本当に気がついた様に思います)
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# by sae_1975 | 2005-04-12 01:33 | eco日誌